倶楽部の概要
倶楽部の設立

 昭和32年カナダカップで日本が個人・団体共優勝したのを機にゴルフブームが起こり
京都に本格的なゴルフ場を造ろうという事で、故平田義太郎氏・故寺田甚吉氏等が中心に
関西著名財界人が加わり準備が進められました。
ゴルフ倶楽部の設立は、預託金制度が多くなりつつある中で、株主会員制方式で一般募集し
スタートしました。


発 起 人 (敬称略・五十音順) ( )内は当時の役職
 市川  忍 (丸紅飯田社長)  岩井 盛次 (日本レース社長)
 円城留二郎 (京都商工会議所副会頭)  大倉 治一 (大倉酒造社長)
 太田垣士郎 (関西電力社長)  太田 三郎 (住友銀行元監査役)
 大宮 庫吉 (宝酒造会長)  片岡久兵衛 (京都銀行頭取)
 小菅宇一郎 (伊藤忠商事社長)  白石 古京 (京都新聞元社長)
 杉  道助 (大阪商工会議所会頭)  谷口豊三郎 (東洋紡社長)
 寺田 甚吉 (南海電鉄元社長)  中野種一郎 (京都商工会議所会頭)
 原  吉平 (大日本紡績社長)  坂内 義雄 (京都新聞会長)
 平田義太郎 (芝川商店社長)  広田 寿一 (住友金属工業社長)
 福井 国男 (奈良電鉄社長)  堀田 庄三 (住友銀行頭取)
 松下幸之助 (松下電器産業社長)  村岡 四郎 (京阪電鉄社長)
 渡辺 忠雄 (三和銀行頭取) 以上23名


開場  東コース 昭和34年7月23日
 西コース 昭和35年7月10日

役員

役員 ( )内は平成28年7月現在の役職
理事長 ※ 奥  正之 (三井住友フィナンシャルグループ会長)
キャプテン ※ 村田 純一 (村田機械会長)
名誉会計 ※ 津賀 一宏 (パナソニック社長)
理事 ※ 上田成之助 (京阪ホールディングス客員)
※ 瓜生  堅 (元、ダイキン工業常務)
  ※ 大倉 治彦  (月桂冠社長) 
※ 柏原 康夫 (京都銀行相談役)
※ 加藤  誠 (伊藤忠商事理事)
※ 堀場  厚 (堀場製作所会長兼社長)
※ 正野 勝己 (東洋シポデック社長)
※ 松尾 禎一 (元、新光製糖社長)
※ 森  詳介 (関西電力会長)
※ 佐藤 浩市 (支配人)
∴ 粟津 駿男 (粟津商事社長)
∴ 小泉 欣也 (京大外科交流センター相談役)
※は会社(日本観光ゴルフ梶j取締役兼任、∴は同監査役兼任

経営

日本観光ゴルフ
代表取締役社長   柏原 康夫
代表取締役常務   佐藤 浩市
資本金   425百万円

歴代理事長及び社長

理事長
 昭34. 7 〜 昭60. 7   堀田 庄三 (旧住友銀行元頭取)
 昭60. 7 〜 平 4. 9   磯田 一郎 ( 〃   〃  )
 平 4. 9 〜 平12. 6   伊部恭之助 ( 〃   〃  )
 平12. 6 〜 平27. 6   森下 洋一 (パナソニック元社長)
  平27.6 〜    奥  正之 (三井住友フィナンシャルグループ会長)

社長
 昭33. 9 〜 昭51. 3   寺田 甚吉 (南海電鉄元社長)
 昭51. 7 〜 昭60. 6   谷口豊三郎 (東洋紡元社長)
 昭60. 6 〜 平12. 6   大宮  隆 (宝酒造元社長)
 平12. 6 〜 平22. 6   稲盛 和夫 (京セラ元社長)
 平22. 6 〜   柏原 康夫 (京都銀行取締役相談役)

コースの概要

面積 1,561千u(100%自社所有)

東コース 6,998ヤード、Par.72
( コースレート 75.0 / スロープレート 143 )
ベントグリーン、乗用カート使用
フェアウェイの幅も広く、距離もたっぷりある
各ホールは完全にセパレートされている
西コース 6,241ヤード、Par.71
( コースレート 71.0 / スロープレート 143 )
ベントグリーン、乗用カート使用
自然を生かした起伏に富んだフェアウェイで柔の味
バンカーも効果的で難しいデリケートな技術を要求
するコース

設計 コース 佐藤 儀一 (片山津ゴルフ倶楽部、白浜ゴルフ倶楽部、
 広島ゴルフ倶楽部等 設計者)
ハウス 渡辺  節 (廣野ゴルフ倶楽部等 設計者)

会員 1,438名 (平成28年3月末現在)
登録料 通常(個人)会員 200万円(除 消費税)
法人会員     150万円(除 消費税)
年会費 60千円(除 消費税)

人物プロフィール

初代キャプテン「寺田 甚吉氏」
 3年間の工事の間、現場の人と共に寝泊りし、ゴム長ジャンバー姿で
陣頭指揮を執り、城陽カントリー倶楽部をまさに手塩にかけて育てた。
キャプテンとして社長として17年余り活躍。関西政財界に大きな足跡
を残し、コースに愛情を注ぎ、自然と人間関係を大切にした。
コースの特徴になっているナンキンハゼ・サツキ・サザンカ・ニセアカシアは、寺田キャプテン
の好きな花卉だったようだ。「いい倶楽部とは、いいメンバー・いいロケーション・いいコース」
これが寺田キャプテンのポリシーだった。

コース設計者「佐藤 儀一氏」
 片山津ゴルフ倶楽部等の設計を手掛ける。戦前米国でトップアマの一人として活躍。
城陽カントリー倶楽部の第1回のクラブチャンピオン。

クラブハウス設計者「渡辺 節氏」
 廣野ゴルフ倶楽部・旧京都駅等の設計者。日本近代建築の先駆者的存在。

専属プロ「山本 善隆」
昭和50年 サントリーオープンゴルフ 優勝
     ブリヂストンゴルフトーナメント 優勝 等

専属プロ「上森 大輔」
平成18年 兵庫県オープンゴルフトーナメント 2位タイ
平成19年 PAR72チャレンジカップ 2位タイ